庭師と駒

ささやかな愛を伝えたいだけのペン、インクは紫で

#ふぁぼったフォロワーさんをイメージして小説の書き出し一文 のまとめ

 こんばんは、みなしろです。

Twitterのほうでタイトルのタグをやったのですが、軽い気持ちで始めたのに一文どころの騒ぎじゃなくなり、それぞれ小説冒頭と言ってもいいくらいの長さになってしまいました。

Twitterでは140字の制限がありますので、それに沿って変なところで区切ったり入れたかった表現を削ったりしたので、加筆修正してここでまとめたいと思います。

それでは、続きからどうぞ。

 


 

つめたい雨が降っていた。渡り廊下の金属の屋根を叩き、私のビニール傘に落ちる雫は、盾を持たない彼にはそのまま降り注いでいた。半袖のシャツから白い腕を伸ばして地面の教科書を拾い集める。雨粒が球になるほど長い睫毛を見つめながらその心中を思った。彼の名前は知らない。でもその身体に纏わりつく悲しみが、痛いくらいに美しいと知っている。

「傘、かしてあげる」

やっとのことで絞り出すと、彼は怯えた目を細めて、ぎこちない笑みを見せた。

 


 

とにかく楽しいことが好きだ。暗いところよりも明るいところ、一人よりも誰かといたいし電話で話すくらいなら顔が見たい。飲みに行こう。そんで美味しいものを食べよう。それで大体大丈夫だ。

「まぁ大丈夫じゃないときもあるわな」

「ちょっと黙ってて」

はいはい、とつまらなさそうにベッドに座る。勝手にあたしのビールを飲んでいるがなんかもう注意する気も起きない。一週間ほど前突然やってきたそいつは名前を名乗らず「天使とか悪魔とかそんな感じ」と言った。何だそんな感じって。その二つじゃ大違いだし、大体天使ってのはね……

「手え止まってるぞ」

「うるさいなぁ!」

どう見ても偽物には思えない白い翼をはためかせながら、そいつは悪魔みたいにきゃっきゃと笑った。

この辺くらいまではまだ短くまとめようという気があった

 


 

いちばんの友達は近所の教会の神父様だった。同世代の友達がいなかったから放課後にはいつもひとりで街をふらふらしていて、ステンドグラスの綺麗さに惹かれてドアをくぐった先で彼と出会った。神父様はいつもその凛々しい眼差しで人々に愛や正義を説いていたが、その実そんなにお堅い人じゃないことを知っていた。一人ぼっちの子供にクッキーをくれた彼は、近所の子が苦手なら人がいない時においでと言った。窓から中を覗き込む。こちらに気づいて、バイブルで隠した手元からひみつの暗号を送ってくれる。

「あと10分」

人と人の間を歩きながら聖書の一説を読み上げ、もう一度教壇へ振り返る瞬間に目が合った。了解の意味を込めて笑ってみせる。遠ざかっていく背中にあてた彼のちいさな手が、こっそりとピースを作った。

 


 

疲れて帰宅するとポストにお弁当屋さんのチラシが入っていた。いかにも手作り感あふれるそれになんだか脱力して、その日の夕食作りを放棄することに決めた。電話をかけて宅配を待つ。けれどしばらくして私を玄関へ走らせたのはチャイムの音ではなく、物騒な衝突音だった。思わず部屋着のまま飛び出して行く。目の前の通りで事故が起きていた。横倒しになった自転車と跳ね飛ばされた人。その脇には恐らく衝突原因の車。
「救急車!」
階段を駆け下りながら叫ぶ。自転車の周りにはごはんが散らばっていて焦る頭の片隅でこの人お弁当屋さんだと思った。とりあえず救急車を呼んで蹲る青年に声をかける。ヘルメットのおかげか意識はあったが、うわ言のように大丈夫大丈夫と繰り返していてこっちまで痛い。彼はそのまま程なく来た救急車に乗せられていった。警察の事情聴取を受けながら、空腹を思い出して辛かった。

家に戻るともう何もする気が起きず冷凍食品でお腹を満たして泥のように眠った。
そんな騒動の記憶も薄れかけた数週間後、お弁当屋さんの青年が家にやってきた。菓子折りと、あの日食べ損ねた八宝菜弁当を持って。

 


 

捨て身でいけば勝てると思ってたなんてぬかすからぶん殴ってやりたくなった。でも殴ったら意味ないしきれいな顔は殴らない主義なのでいっそ無視した。何のためにこっちがこんな重くてゴツい盾背負ってると思ってんだこのやろう。憤りに拳を握りしめていたら可愛いウサギちゃんが来て、まあまあ勝てたんだからと苦笑いする。可愛くて腹が立ったのでとっ捕まえて思いっきりモフってやった。勇者がにこにこ微笑みながらこっちを見ている。笑ってんじゃねえよ。あーあ、そんなボロボロになっちゃってさあ。

この貧相な仮想現実の結末は大体予想がついている。おまえが勇者なんだよ。それで、自分はただのパーティ構成員だ。モフられ疲れたウサギちゃんがいつの間にか腕の中ですよすよ眠っている。可愛い。きっとこの子も中身はお姫様とかなんだろうなぁ、と思った。

 


 

少年はまだ名前もつけられていない奇病に罹っていた。あの子は卑しいからスイカの種まで食べたのだと誰かが茶化した。言葉に従って大きく口をあける。食道への侵食は落ち着いているようで安心した。これ以上器官が侵されれば、彼は生きていけない。

「背中も見せてくれるかな」

頷いて椅子を回す。洋服は相変わらず奇妙に膨らんでいて、たくし上げるとその正体がわかる。柔らかい子供の肌を突き破っているのはいくつもの薄緑色の細い茎、その先端には鮮やかな紫色の蕾がついている。蕾は見るたびにその数を増やし、大きく膨らみつつあった。それを知ったところでどうすることもできない。私は植物学者で医者でもあったが、ただ少年のこの姿を見て、痛々しい可哀想だ、と彼を憐れむ周囲と同じ感情を抱くだけだった。

「もういいよ」

できる限り微笑んで告げると、少年はぴょんと回転椅子から飛び降りて研究室の中を歩き回った。様々な種類の花の標本を覗き込んで、嬉しそうに笑う。

――花が咲いたら、先生、こんなふうに飾ってくれる?

まだ声が出せていたころ彼は私にそう聞いた。彼の命を奪いながら成長する花。それが開く意味に気づいていながら、もちろんだよ、と言うしかなかった。

 


 

お疲れさまでしたと店を出て、携帯を確認する。今日もあの子からラインが来ていた。バイト終わった? という短い言葉のあとに、疲れた顔をした変な動物のスタンプが送られていた。時間は一時間ほど前。焦って汗だくのパンダを送り返す。返事はすぐに来た。

「おつかれ!」

「今日大変だった~」

「うちも、なんか妙に人多くて」

「ニシ大休みだったらしいよ」

「あ~なるほどね」

会話はいつもこんな感じで他愛ないことばかりだった。ラインの表示名が「さとう」なので、わたしは彼女をさとーちゃんと呼んでいる。でも本名じゃないとは前にちらっと言っていた。さとーちゃんはわたしよりも年上で、某テーマパークで働くひとで、結構近いところに住んでいる。顔は知らない。通話で声を聞いたこともない。間違って送られてきたメッセージになんとなく返したことから始まったわたしと彼女の関係は、不思議なことにもう数ヶ月以上も続いていた。

「今日誰かと喋った? お仕事以外で」

ノーコメントのスタンプ。

「一歳成長したんだし頑張ろうよっ」

ついこの間送ったハッピーバースデーの画像を再送したら、「明日はがんばる」と返事がきた。さとーちゃんは、ちょっとだけコミュ障だった。

 


 

教室の天井の四角い区切りを見つめていたら気分が悪くなって、下を向けば机の木目模様が化物みたいで気持ち悪かった。ぐっ、と目を瞑る。瞼の裏の血管がちかちかと収縮している。落ち着かない。ああもう何もかも狂っていると渦巻く胸を押さえたところで、隣の席の人に小さく「大丈夫か」と声をかけられた。はっとして、おかしいのは自分のほうだとやっと気が付いた。

「具合悪いの」

そうだ具合が悪いんだ。胸がぐるぐるするのは単に吐き気がするだけだし、目に見えるもの全部気持ち悪いのは目眩がしているからだし、血管が広がっているのは熱のせいだ。隣の席の人とは特に仲がいいというわけでもなかったけれど、保健室まで連れて行ってくれた。やっぱり熱があった。内ポケットに入れてある薬を飲んで、一時間寝ても回復しなかったので仕方なく早退した。

あともう少しで世界をみんなきらいになるところだった。誰かが気付かせてくれなければ。一晩ぐっすり眠って浴びた朝日はきらきらしていた。学校に行って皆にすこし心配されて、座った机の木目模様は人の顔みたいで面白かった。

「なに机じっと見てんの」

「これ人の顔に見えない?」

隣の席の人は一瞬ぽかんとした顔を綻ばせて輝くと、元気そうじゃん、と言った。

 


 

大好きな友達にお誕生日プレゼントでもらった手作りクッキーは可愛いテディベアの形に型抜きされて、カラフルなチョコペンで顔や洋服が描かれていた。あまりにもかわいかったので食べるのが可哀想になって、大事に大事に飾っていた。もちろん防腐剤なんてないから月日が経つうちにクッキーたちは痛んでしまった。そして気づいたら母に勝手に捨てられていた。

クッキーおいしかった? とその子に聞かれて、食べずに捨ててしまったとは言えなかった。飾っておいたのは愛ゆえだけれど、それを言ったら彼女は傷つくこともわかっていた。おいしかったよ、特にココアのほうが。彼女は嬉しそうに笑って、それから何年も私のためにお菓子を作ってくれる。
これは子供のころの話。今、私はぐしゃぐしゃになったケーキを食べている。今年もくれたそれを持ち帰る最中に転んでしまった。見た目は悲惨だが味はすごくおいしい。

転んじゃった、と言ったら、彼女は電話口でとにかく爆笑していた。そんなに笑わなくてもと思ったけれど感想に嘘はなくて、罪悪感はあの日よりずっと薄かった。 

 


 

鏡よ鏡で正しい美しさが図れるなら苦労はしない。ここに居る意味はない。

肩凝ってきたからそろそろ休ませて、と先生は言った。背伸びをした後、彼が息をついた一瞬の美を、本当は切り取りたかった。

「喉渇いた……」
「すぐお茶を淹れますね」
「えっその手で?」

絵の具まみれの両手を見る。笑われた。普段はこんなに汚さないのだけれど。手洗いを終えて戻ると、先生はすでにひとり紅茶を嗜んでいた。俯いたまつ毛の美しさに見惚れて、視線に気づいた彼がどうしたの、と微笑んだ。

「あっ、いや……あの、これ」

誤魔化して壁の絵を指差す。日の当たらない場所に、なぜか剥き出しでかけられたそのカンバスに色はない。ただ下地の白が塗られているのみだった。

「あぁそれは」

世界でいちばん美しい人の肖像画だよ。絵に聡くない先生はなんでもなさそうに、真っ白なのにね、と付け加えた。カンバスに近づいてみる。明らかに何度も塗り重ねた白は画家の苦悩の塊だった。よく見ると木炭で薄く下書きがしてある。諦めたように息絶えたように、その線は中途半端なところで止まっていた。

 


 

伝説の剣、永久に続く絶望【インフィニットスレイヤー】を構えて俺は姫様の前に飛び出す。天からは金平糖みたくメテオが降り注いでいるが俺は半径十メートル以内に無敵の結界を張る魔石をつけているので問題ない。栗色の髪を揺らしながら姫様が俺にしがみつく。

「あ、あなたは……?」

「姫様、もう心配はありません」

魔王が唸りを上げ、凝縮されたノワール・ダークネス・エネルギーをこちらに放ってくる。俺は思い切り地面を蹴った。咆哮、振り上げた大剣は敵の脳天に突き刺さり――そして折れた。

警告音と痛みで目が覚めた。うるさいそれを止めようとした右手は空をかいて何度も床を殴っていたらしい。冷静に手を伸ばしてボタンを押す。

夢か。夢だよなそりゃそうだ。そのルビは痛すぎるとかそんな魔石は姫様に持たせとけよとかノワールダークネスって英語かフランス語どっちかにしろよとか、いろいろ思ったけれど落ち込んでくるのでやめた。布団から這い出てカーテンを開ける。剣も魔法もない東京の街がそこにある。

夢ならせめて折れんなよスレイヤー。伝説の剣なんだろ。

 


 

致死量ギリギリを飲み続けて身体に慣らせば美しくなれる毒があると聞いた。

目を焼くような極彩色が好きだ。あの目がちかちかする感覚が、逆にほっとする。けれど都会ではないこの街にそんなに色はなくて、塗り替えられ忘れた壁がコンクリートの煤けた肌を晒している。なんだってきみは白いワンピースなんか着てきたんだろう。それじゃあまるで、と浮かびかけた言葉を捻り潰した。

「こっちであってる?」

振り返ったきみに頷く。真っ白な布はその笑顔を眩しく浮かび上がらせる。淡い色は苦手だった、見たくないことまで見えそうになるから。きみの笑顔は思わず目を逸らすほど鮮やかなのに今にも街に溶けそうで、きっと毒を飲み過ぎたんだ。ちいさな手を握る。

「なに?」

「なんでもないよ」

まださわれるまだそこにいる。胸の中で、何度も唱えた。

 


 

地に堕ちたイカロスの話を聞いてから幼子の私は空が怖かった。もしこの背中に羽が生えても絶対飛ばないって思っていた。大丈夫だよ飛べるよ飛んでごらんよ、なんて熱く言われても気が滅入るだけだし、そもそもあなたの怖さと私の怖さは違うんだからその主張はあてにならない。

ジェットコースターは未だに苦手で、なのに私は今遊園地にいる。大して仲がいいわけでもないバイト先のイベントに強制参加を食らった。リーダーに楽しんでるか、と言われると楽しいですと笑ったりして、大人になるのって嫌だなあと思う。

「じゃあ次はあれ!」

誰かが指差したのはこの園内で一番大きな絶叫マシン。どうしようか乗れないと言おうか、迷っていたら急に肩を叩かれた。

「俺チュロス食べたいんですけど!」

「え?」

「先輩も食べたいでしょ! ね! 行こ!」

おいどこ行くんだよ、なんて呼び声もどこ吹く風、年下なのに大きな末の後輩に腕を引かれて売店まで辿りつく。田舎のボロ遊園地の売店にチュロスはなくて、彼は代わりにクレープを二つ買った。お金を出そうとした私を誤魔化すように彼は、先輩絶叫マシーンこわいでしょ、と言った。

「友達にそういうのぜんぜんダメな人がいて。おんなじ顔してたから」

口ぶりから察するに、自分も怖いけどそれを隠しているとかいうわけではなそうだった。

「あっ、これ、誰かに言うとかしないんで、大丈夫なんで」

クリームで口を汚しながらわたわた慌てる。全人類に翼が生えるとして、きっと彼のは本物だろう。どこまでも高く飛んでいけるのは、こういう人だ。

 


以上になります! ファンタジーから現代まで、いやぁ色々書きましたねぇ。

冒頭って小説で一番わくわくする部分だと思っているので、本当に書いてて楽しかったです。 楽しみが詰まっている!

ふぁぼ頂いたフォロワーの皆様、長い文章を送りつけて申し訳ありませんでした!笑

少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。またこういう機会があった際には、どうぞよしなに!